2020年10月28日 (水)

今日のお題:桐原健真「国体論の形成とその行方」、近代日本宗教史1『維新の衝撃:幕末〜明治前期』春秋社、2020年

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「国体」を象徴する教育勅語や御真影といったものは、戦前の日本において、神聖性をまとわせられつつ取り扱われた。学校火災に際して、校長がしばしばみずからの生命を投げ打って教育勅語の謄本や御真影を「奉護」したのは、まさにそうした神聖性のためであり、またそれゆえ、これらの痛ましい事件は、ときに「美談」としてすら語られたのである。その一方で、この神聖なる勅語謄本や御真影を粗略に扱うことは、極めて重い罪と認識され、しばしば激しい社会的制裁を加えられることとなった。

丸山真男が指摘したように、戦前の日本では、こうした勅語謄本や御真影をめぐる「おそるべき呪縛力」が存在していた。その「力」は、単に「精神的代用品」と切り捨てるには、あまりにも広く強かったようにみえる。

こうした「魔術的な力」を有した「国体」なるものがいかに生み出され、どのように認識されたのかを、その誕生の時期を中心に検討した。71-99頁。

[1]維新の衝撃 - 春秋社 ―考える愉しさを、いつまでも
https://www.shunjusha.co.jp/book/9784393299616.html

目次
巻頭言

第一章 総論 ――近世から近代へ 末木文美士
  一 近代日本宗教史の困難と課題
  二 前近代の宗教と王権
  三 幕末・維新期の神道と国家
  四 幕末維新と仏教
  五 本巻の構成

第二章 天皇、神話、宗教 ――明治初期の宗教政策 ジョン・ブリーン
  一 はじめに
  二 近代天皇の宮中儀礼
  三 伊勢神宮の明治維新
  四 比叡山延暦寺と日吉社
  五 おわりに

――コラム� 】靂餘親亜_�田正彦

第三章 国体論の形成とその行方 桐原健真
  一 はじめに
  二 「魔術」としての「国体」
  三 尊攘志士と「国体」
  四 後期水戸学における神道の位相
  五 水戸学から国学へ
  六 おわりに

――コラム�◆ー�教と近代 小島毅

第四章 宗教が宗教になるとき ――啓蒙と宗教の近代 桂島宣弘
  一 近代宗教概念の登場
  二 岩倉使節団の経験
  三 森有礼の「信教自由」論
  四 religion以前の宗教の様態
  五 金光教の宗教化過程
  六 神道の非宗教化 ――神道「治教」論
  七 おわりに ――久米邦武の述懐

――コラム�� 妙好人像の変貌 岩田真美

第五章 近代神道の形成 三ツ松誠
  一 はじめに
  二 幕末国学と復古神道
  三 西川須賀雄と幕末佐賀
  四 王政復古と国学者
  五 教導職と国民教化の時代
  六 日本型政教分離の成立
  七 おわりに

――コラム�ぁ「狃�と女性神職 小平美香

第六章 新宗教の誕生と教派神道 幡鎌一弘
  一 新宗教・民衆宗教・教派神道の位置付け
  二 近世後期の社会と宗教
  三 教派神道の成立
  四 おわりに

――コラム�ァ(�書の近代化 万波寿子

第七章 胎動する近代仏教 近藤俊太郎
  一 はじめに ――島地黙雷と清沢満之の間
  二 宗教制度の近代的再編
  三 伝統教団の近代
  四 仏教改革運動
  五 おわりに

――コラム�Α‐�土真宗の中国布教 陳継東

第八章 キリスト教をめぐるポリティクス 星野靖二
  一 はじめに
  二 キリスト教の政治的な取り扱いをめぐって
  三 キリスト教の展開をめぐって
  四 キリスト教の受容と解釈をめぐって
  五 キリスト教と仏教の交渉
  六 おわりに

2020年10月28日 (水)

今日のお題:桐原健真「金城学院大学「学校経営と学校図書館」(3年生対象)授業実践報告」、大嶋えり子・小泉勇人・茂木謙之介編『遠隔でつくる人文社会学知:2020 年前期の授業実践報告』雷音学術出版、2020年、70頁

大嶋えり子・小泉勇人・茂木謙之介編『遠隔でつくる人文社会学知:2020 年前期の授業実践報告』雷音学術出版、2020年
https://sites.google.com/view/lionpress/%E5%88%8A%E8%A1%8C%E6%9B%B8%E7%B1%8D?authuser=0

1.シラバス段階での講義の目的と概要、講義内容、成績評価の方法
2.大学から要請された遠隔のルールとそれに基づいて変更し実施した授業内容
3.学生の反応と今後の課題・可能性

の3節構成。

第2節については、ルールの策定側にも属していたので、その知見も含めて書きました。

というか、「学校経営と学校図書館」って、オマエの専門そこだっけ? と言われそうですが、一応書誌学風なこともやっているし、司書教諭資格も持っているのでこのようになった次第。

ほかの授業は、対面とかが入ってしまって、フルに遠隔だったのはこれだけなのです。

ちなみに、読売新聞と中日新聞(≒東京新聞)の一面比較を毎回させました。なかなかにこれが面白い。このコロナコロナしている中で、なぜソレが一面トップじゃなければならないの? ということが続発。リテラシーって大事ですね。

2018年01月22日 (月)

今日のお題:桐原健真「宗教は一に帰すか:帰一協会の挑戦とその意義」、見城悌治編著『帰一協会の挑戦と渋沢栄一:グローバル時代の「普遍」をめざして』ミネルヴァ書房、2018年2月、13-33頁

帰一協会の挑戦と渋沢栄一.JPG遂に出ました。おめでとうございます。

帰一協会で一冊の論文集というのは、おそらく前人未踏の快挙ではないかと衷心よりお慶び申し上げる次第。

って、オマエも書いてるんじゃないかと言われればその通りなのですが、編集作業はとても大変であっただろうとお察し申し上げます。

惹句にはこんな感じで書いてあります。

「理想」の模索とその行方とは。 国際化が急速に進展した第一次世界大戦前後、 日本の知識人が集い、議論した「場」の実像。

大逆事件と一次大戦の狭間に始まるというのが何とも微妙というか絶妙の時期でございまして、このころの日本知識人の非常に複雑な状況をよく反映しているのは確かなのですが、複雑ですと言うだけではこれはお話にならないわけで、ほんと難しいお話に取り組んで戴き誠にもって有難い限りでございます。

目次
はしがき
序章 帰一協会とは何か
 第�吃堯ゞ畭綟�本における「宗教」/「道徳」と帰一協会
第一章 宗教は一に帰すか
第二章 宗教統一論と国民道徳
第三章 浮田和民の帰一理想と帰一協会
第四章 漢学から見た帰一協会
第五章 「精神界」の統一をめざして
コラム1 シドニー・L・ギューリック
コラム2 森村市左衛門
 第�局堯.哀蹇璽丱覯修里覆�の帰一協会
第六章 澤柳政太郎のアジア主義
第七章 成瀬仁蔵の帰一思想
第八章 初期帰一協会の国際交流活動と宗教的自由主義
第九章 「一等国」をめざす有識者グループの努力と限界
第一〇章 「帰一」というグローバル化と「信仰問題」 
コラム3 帰一協会に賛同した欧米の人士たち
コラム4 帰一協会例会で講演した人士たち
付録 帰一協会関連資料
人名・事項索引

帰一協会の挑戦と渋沢栄一 - ミネルヴァ書房 ―人文・法経・教育・心理・福祉などを刊行する出版社
http://www.minervashobo.co.jp/book/b333378.html

2017年12月08日 (金)

今日のお題:桐原健真「会沢正志斎と「水戸学」の系譜:幕末から戦後まで」、近代茨城地域史研究会編『近世近代移行期の歴史意識・思想・由緒』岩田書院、2017年、147〜172頁

会沢正志斎はなんでこんなに偏った研究しかないんだろうという問いに答える論文。とは言え、そもそもそういう問いの立て方自体どうなんだろうと思わなくもないですが。
会沢正志斎は、尊攘派の鎮激分裂や鎖国論の放棄(「時務策」1862〈文久2〉)といった晩年の言動のために、尊攘激派を「正論派」と呼ぶような文脈においては語り難い存在となった。しかし水戸行幸啓(1890)での祭粢料下賜や翌年の贈位は、会沢に一定の名誉回復をもたらした。だが東湖や激派の精神的な継承者を自任する水戸人士の多くにとって、会沢は明らかに傍流であった。

しかしこうした評価は、1920年代に大きく変化することとなる。すなわち旧来の国民道徳論的な水戸学とは異なる「新水戸学」が模索されるなか、「時務策」に代表される積極的な国家改造論者として会沢が想起され、そのイメージは「新しい国体論」が唱えられる1930年代にも引き継がれた。そして1940年代には、『新論』の著者である会沢は、高度国防国家の建設のためのイデオローグとして描かれ、ついに「水戸学の大成者」と称されるに至る。

かくて確立した「維新の経典」の著者にして「水戸学の大成者」としての会沢像は、戦後の後期水戸学研究の方向性をも規定した。すなわち、敗戦を経て、天皇制国家の支配原理の分析が求められた結果、その一つの源泉と考えられた会沢思想の研究が進められたが、その際に中心となったのは『新論』であり、彼の思想全体が検討されることは少なかったのである。

会沢は、その時代で様々に想起されてきた。だがそれは多くの場合、明治国家という結果から歴史を遡及しようとするものであった。それゆえ、国民国家の形成を無条件に結論とせず、その生きた時代や環境をふまえて会沢を再検討することが、いま求められている。

2017年04月21日 (金)

今日のお題:桐原健真「『論語講義』再考:近代論語のなかの渋沢栄一」、見城悌治ほか編『渋沢栄一は漢学とどう関わったか:「論語と算盤」が出会う東アジアの近代』(ミネルヴァ書房、2017年02月、38〜60頁)

2016年度の業績目録を今更作っているために、こんな記事ばかりで恐縮ですが、お付き合いください。

思い起こせば、まだ大学院だかの時代から本当に渋沢さんにはお世話になっております。で、今回もそんな1本。

当方の担当は渋沢の『論語講義』。

とはいえ、実はこの本は渋沢に仮託されて作られたもの――だから渋沢側はあんまり評価してません――であるということが明らかにされておりますので、この本をどれだけひっくり返してみても、あまり有効な議論はできなさそうでございます。

渋沢研究やる人は必読! 笹倉一広「渋沢栄一『論語講義』の書誌学的考察」、一橋大学語学研究室『言語文化』48号、2011年
http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/handle/10086/22849

ですので、

 なんで『論語』なの?
 っていうか、近代で儒学ってどうよ?
 儒学と漢学ってどう違うのよ?

とか、渋沢を含めた「漢学」の言説史的検討をしてみた次第。

とりあえず、聖人孔子から人間孔子へという流れは、ルナンのイエス伝とか思い起こさせるわけですが、考えてみると、仏陀もそうだったかなぁと思わざるを得ず。

要旨が見つかったので貼ってみる、テスト。

渋沢栄一における儒学思想、とりわけその『論語』の理解について議論される際、しばしば二松学舎から刊行された『論語講義』(全2巻、1925年)が用いられてきた。しかし近年では、同書が実際には筆述者である二松学舎教授の尾立維考による意図的な編集が加えられた、いわば編者自身の著述に近いものであることが、笹倉一広氏の書誌学的検討から指摘されている。この点で、『論語講義』をもって渋沢思想を語ることが、学問的にきわめて危険であることは明かであろう。しかし、『論語』全編を講釈する『論語講義』が、実業家として知られる渋沢の著作として世に問われたことは、これ以降の日本社会における『論語』への認識を大きく規定するものともなったと考えられる。本発表は、同時代の非アカデミズムの分野における『論語』言説を概観することを通して、『論語講義』の文化史的意味を問うことを目的とするものである。


渋沢栄一は漢学とどう関わったか - ミネルヴァ書房
http://www.minervashobo.co.jp/book/b253533.html

序 章 『論語と算盤』が結んだ実業家と二松学舎(木村昌人・町 泉寿郎)
 1 漢学は近代化の阻害要因か
 2 渋沢栄一の思想
 3 渋沢栄一の教育支援
 4 渋沢栄一と近代漢学

 第�吃堯―詑�栄一の思想
第一章 「悲憤慷慨」の人、渋沢栄一(濱野靖一郎)

    ――「頼山陽」と武士のエートス
 1 江戸期の渋沢
 2 悲憤慷慨の士――「武士」への憧れ
 3 排外思想――水戸学の影響
 4 武士のエートス――頼山陽に私淑
 5 「節女阿正伝」の読解
 6 青年渋沢の自画像

第二章 『論語講義』再考(桐原健真)
    ――近代論語のなかの渋沢栄一

 1 近代論語の射程
 2 「儒学」から「漢学」へ
 3 否定される「西土の教」
 4 「聖人」から「人間」へ
 5 新たなナショナリティ
 6 『論語講義』の文化史的意味

第三章 近代中国の「孔教」論と『論語と算盤』(于 臣)
 1 『論語』解釈の諸相
 2 孔子学の二つの争点
 3 梁漱溟の「人生実践の学」
 4 渋沢栄一と梁漱溟からみる孔子学の争点
 5 渋沢栄一の『論語』読みと商工業立国思想
 6 梁漱溟の孔子学と「人生の三大路線
 7 梁漱溟の生命哲学と郷村建設理論
 8 孔子学の意義

 第�局堯―詑�栄一の教育支援
第四章 渋沢栄一を偲ぶ朝鮮の人々(朴 暎美)

    ――その「縁」と「脈」を中心として
 1 韓国における渋沢栄一評価の二面性
 2 渋沢栄一と朝鮮との「縁」と「脈」
 3 渋沢栄一を偲ぶ朝鮮の人々
 4 人間の顔をした資本主義

第五章 渋沢栄一による中国人留学生支援と日華学会(見城悌治)
 1 近代日中関係と渋沢栄一
 2 「支那留学生同情会」の設立とその活動――辛亥革命と留日学生
 3 「日華学会」の設立とその活動――留日中国人学生支援の実相
 4 渋沢栄一の中国への「想い」――中国人留学生・教育関係者などとの交流
 5 日中交流に渋沢栄一が果たした役割

第六章 女子教育の近代化と渋沢栄一(任 夢渓)
    ――「女大学」から日本女子大学の創設へ

 1 渋沢栄一と女子教育
 2 渋沢栄一の女性観および女子教育観の変遷
 3 女子教育事業に貢献した渋沢栄一――日本女子大学を中心に
 4 良妻賢母主義の影響

 第�敬堯―詑�栄一と近代漢学
第七章 二松学舎と陽明学(町 泉寿郎)

 1 なぜ二松学舎と陽明学なのか
 2 三島中洲・山田準と渋沢栄一
 3 二松学舎と近代の漢学教育
 4 陽明学に関する三島中洲の言説
 5 東敬治の陽明学会
 6 三島と渋沢の共鳴のかたち

第八章 渋沢栄一の儒教活動(丁 世絃)
    ――聖堂保存・孔子祭典を中心に

 1 なぜ儒教に注目するのか
 2 孔子祭典会と渋沢栄一
 3 斯文会と渋沢栄一
 4 渋沢栄一の儒教精神

2016年11月07日 (月)

今日のお題:桐原健真「服部之総――「生得の因縁」と戦後親鸞論の出発点」、オリオン・クラウタウ編『戦後歴史学と日本仏教』法藏館、2016年、49〜75頁

ついに出ました!

戦後歴史学と日本仏教

いや、ホントにこれは立派な本ですよ。お疲れさま! 編者! 

Amazon.co.jp: 戦後歴史学と日本仏教: オリオン クラウタウ: 本

アマゾンではうっかりと「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」となっていますが、もはや洛陽の紙価を貴からしめんがごとき事態となっております――などと、異常な盛り上がりで恐縮です。

なんにしても、カバーを見ても分かりますように、これだけの人間を一気に出したことの意義はすばらしいモノがございます。

なぜ当方が服部之総を書いているのかということについては、単純に好きだからとしか申せませんが、とても書いていて楽しかったです。なんとも小学生のような感想でございますが、まぁ、ホントに服部君は面白い人なぁと改めて思った次第。

2016年11月05日 (土)

今日のお題:桐原健真「吉田松陰の視点:攘夷とは何か」、間部詮勝シンポジウム『安政の大獄の真実:幕末史における再評価』鯖江市、2016年、2-14頁

随分前のモノだったのに、書き込むのを忘れていたというヤツでございます。

以前、鯖江にお邪魔して一席打ったモノ

思海 | 桐原健真「吉田松陰の視点―攘夷とは何か―」(間部詮勝シンポジウム、鯖江市・鯖江市文化の館多目的ホール、2015年05月23日〜2015年05月24日)

の活字化というところでして、そんなにエラク変わったものでもございません。ただ、「尊王攘夷」って変なことばだよね〜と言うことに関して、少々説明を加えた次第。

だれでも「尊王攘夷」できる時代になったことが、幕末の混乱を加速させたんだ、ことばってことほど斯様に怖いものなのですよ――というお話しをして、後は松陰のお話しに流れ込むという算段でございます。

2016年11月04日 (金)

今日のお題:桐原健真「The Birth of a Myth: Civil War and Sacrifice in Early Meiji Japan」"Anthropoetics" 22巻1号、2016年

1."Sacrifice" and "Gisei"
In Japanese, the English word "sacrifice" is also expressed with a classical Chinese word "gisei (犠牲)." These words are a perfect match. It is because "犠 gi" which is composed "牛 (cow) + 羊 (sheep as the most common offering) + 我(jagged spear to kill the offering)" means "a cow killed with a jagged spear as an offering to the Divine", and then "牲 sei" which is composed "牛 (cow) +生 (live)" means "a living cow for offering to the Divine." It can be said that "gisei" is truly an appropriate word to translate"sacrifice."

However, in contemporary Japanese, "gisei" means not only "sacrifice" but also "victim." This usage, which differs from the original meaning, appeared at the end of the nineteenth century. For example, when a Japanese newspaper reported that the Chinese emperor sent a personal telegraph to the German emperor to grieve over the death of a German minster who had fallen a victim to the daggers of the Boxers (義和団) the year before, the article used "gisei" for "victim."*

It is clear that this "gisei" was not an offering dedicated to a divinity. In this way, its primary meaning in modern Japanese, which is different from the original meaning as "a sacred offering" to something great, is "the unfortunate death" of the blameless.

*"We are deeply grieved at the death of your Majesty’s Minister who fell a victim to a sudden uprising in China which our officers had not been able to suppress.(陛下の公使が突然清国に勃起し、朕が官寮〔ママ〕の鎮圧する能はざりし暴動の犠牲となりしは、朕の深く哀悼に禁へざる所なり)" ("Exchanges of personal telegrams between Germany and Chinese Emperors" the morning edition of Asahi-shinbun. October 24, 1900. p. 2.)



というわけで、初めてのweb雑誌論文でございます。

Kirihara - Civil War and Sacrifice
PDF版 http://www.anthropoetics.ucla.edu/ap2201/2201Kirihara.pdf
HTML版 http://www.anthropoetics.ucla.edu/ap2201/2201Kirihara.htm

内容としては、ルネ・ジラールのミメーシスですとか、犠牲の論理を日本で考えてみたときにどうなるのか――というテーマで夏頃にやったパネルセッションの文字化となります。

とは言え、毎度のことながらまっとうにやるのではございませんで、
そもそも、Sacrificeの訳語が犠牲ってなってるけど、現代日本語的にそれっておかしくない? 今の日本で「犠牲」って言ったとき、〈尊い命が犠牲になりました〉とか〈地震で××名が犠牲に〉とか使うのが普通だよね。献げる対象を喪失した犠牲の存在形態に、近代日本の宗教忌避的傾向がみえるのではないでしょうか〜!?

とかいう、いつもの意気込みで始めたのですが、やはり、あれよあれよと別な方向に行ってしまったというのが今回のお話しでございます。

当日のパネルセッションでは、日本のとある文化人類学の大家先生が、「日本にはscapegoatというものはないんだ」と言ったけど、オマエどう思う? みたいな質問が出てきて、正直文脈が分からなくて、可能性としては、

1 よくある〈日本文化〉論
2 文化人類学的に正確な意味で定義されたscapegoatを踏まえた議論


の二択で迷ったのですが、とりあえず

「あの先生は、たくさん本を書いているから、全部読んだことがない。なので、どこに書いてあるか分からないので、よく分からない」

ととりあえず、言ってみたら、そこそこ笑われたので、すかさず、

「しかしながら、日本にscapegoatがないというのは、おそらく正しい。なぜならば、日本にgoat(山羊)はいないからです」

と言ったら、ちゃんと受けてました。よかった、よかった。日本でのお土産を渡せたね。

ただし、あとで確認したら、日本にもごく一部分西南地方にいるらしいということを知りまして、う〜ん、ちょっと言い過ぎたなぁと思った次第。でも、まぁ、そんなにウソは言ってないと思うよ。少なくとも、あそこら辺にいる山羊は生贄にはなってないと思いますし。

2016年03月24日 (木)

今日のお題:『喪失とともに生きる:対話する死生学』(ポラーノ出版)

来月下旬に『喪失とともに生きる:対話する死生学』(ポラーノ出版)が刊行されるとのご案内を戴きましたのでお知らせいたします。

注文票を印刷してFAXでご注文いただければ幸い。
→注文票

『喪失とともに生きる:対話する死生学』
http://www.kyusenshoin.com/taiwasuru.html

『喪失とともに生きる:対話する死生学』人生はあらゆる喪失に満ち、喪失とその悲哀とともに、どのように生きるかを問われている。これに対しグリーフ(悲嘆)ケアは、この心理的な危機にいかに対処するかという点に力点が置かれてきた。たしかに一時的な援助の手を差し伸べることは欠かせない。しかし私たちは、喪失が引き起こす当面の危機を乗り越えた後も、喪失を抱えて生きていかなければならない。

「あらゆる悲しみは、それを物語にするか、それについて物語を語ることで、耐えられるものになる」―本書では対話を通して、「喪失を抱えながら生きていく」意味を探っていく。

本書は七つの物語と各二つずつの対話から成り立っている。各物語は日常的に物語を聴き、物語とともに考える経験を重ねた対人援助職(グリーフカウンセラー、小児救急医、助産師、緩和ケア医、僧侶、看護師、NPO経営者)が物語る。それに対し、一つ目の対話で各物語の基本的な事柄や背景を、二つ目の対話では本文と異なった視点からの語り掛けを試みる。それぞれを哲学、宗教学、社会学、民俗学、仏教学等といった多様な専門家が応じることにより、物語がより視覚的・立体的に浮かび上がる。
関係者、そして喪失を抱えるすべての方へおくる。

序  対話する死生学  喪失とともに生きるために(竹之内裕文)

1章  喪失とともに生きる人たちとの出会い:グリーフカウンセリングの現場から(浅原聡子)
 コメント1  日本におけるグリーフケアカウンセラー:臨床心理学と日本的心性の狭間で(浅見洋)
 コメント2  グリーフサポートと民俗(井藤美由紀)

2章  こどものいのちを看取ること  小児救急の現場から(植田育也)
 コメント1  寄り添いの変容   一世紀を経た二つの手記より(浅見洋)
 コメント2  こどもを看取る家族への看護(阿川啓子)

3章  生を享けること、失うこと  周産期医療の現場から(増田智里)
 コメント1  死産を経験した家族に対するサポート(河端久美子)
 コメント2  幼い子を失った親の経験について(井藤美由紀)

4章  老病死に向き合う人から学ぶ  終末期ケアの現場から(奥野滋子)
 コメント1  「自分を失うこと」とどう向き合うか(田代志門)
 コメント2  「ホスピタル」はいかに「病院」となったか(桐原健真:160〜166頁)

5章  ホームを失って生きる  路上生活者の語りから(高瀬顕功)
 コメント1  「ホーム」の意味について考える(浜渦辰二)
 コメント2  困窮する人を「助ける」ということ:私たちの「居場所」をめぐって(松本曜一)

6章  がんが教えてくれたこと  患者・看護師としての体験から(佐藤仁和子)
 コメント1  がん闘病者・サバイバーの喪失体験と生(草島悦子)
 コメント2  病とともに生きるということ(高橋由貴)

7章  自他の喪失を支えるつながり  グリーフから希望を(尾角光美)
 コメント1  喪失から紡がれてゆくいのちのサポート(大河内大博)
 コメント2  いのちの支え合いの場に立つ(中井弘和)

終章  死とともに生きることを学ぶ  対話する死生学のために(竹之内裕文)

編者
竹之内裕文(たけのうち ひろぶみ)
1967年生まれ。静岡大学農学部・創造科学技術大学院教授。東北大学大学院文学研究科博士課程修了、博士(文学)。専門は哲学、倫理学、死生学。主な著書に『どう生き、どう死ぬか―現場から考える死生学』(弓箭書院、2009年、共編著)、『七転び八起き寝たきりいのちの証―クチマウスで綴った筋ジス・自立生活20年』(新教出版社、2010年、編著)、『シリーズ生命倫理学・第4巻 終末期医療』(丸善出版、2012年、共著)ほか。

浅原聡子(あさはら さとこ)
1968年生まれ。GCC 認定グリーフカウンセラー、看護師、静岡大学非常勤講師。小児専門病院に20年間看護師として勤務した後、現在はカウンセリング、講演、セミナー等にて活動中。グリーフカウンセリングivy代表。


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2015年12月25日 (金)

今日のお題:桐原健真「Calm and Storm in the Pacific: International Aid and Trans-Pacific Relations 1900-1931」edited by Martin Collcutt, Tao Demin, Jenine Heaton. “Trans-Pacific Relations in the Late 19th and Early 20th Centuries: Cultural, Commerce, and Religion.” Suita: Society for Cultural Interaction in East Asia, 2015. pp.241-256.

桐原健真「Calm and Storm in the Pacific: International Aid and Trans-Pacific Relations 1900-1931」edited by Martin Collcutt, Tao Demin, Jenine Heaton. Trans-Pacific Relations in the Late 19th and Early 20th Centuries: Cultural, Commerce, and Religion. Suita: Society for Cultural Interaction in East Asia, 2015. pp.241-256.

10年ぶりほどに日の目を見た論文ですが、なんか苦労した思い出ばかりが過ります。

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