2022年04月07日 (木)

今日のお題:引野亨輔先生より、『近世日記の世界』(ミネルヴァ書房、2022年03月)をご恵贈戴く。

引野亨輔先生より、史料で読み解く日本史4『近世日記の世界』(ミネルヴァ書房、2022年)をご恵贈戴く。いつもいつもありがとうございます。

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近世日記の世界 (史料で読み解く日本史 4) | 福田千鶴, 藤實久美子 |本 | 通販 | Amazon
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日記と申しますと、それは全き個人のものであり、人によっては、とんでもなく黒歴史をまとったものであったりするわけであります。

しかしながらそういう日記の有り様と申しますのは、個人というものが確立してからのお話でございまして、近代以前におきましては、他の人に見せることを前提として書かれていたりするわけです。そうでなければ日記文学というのが一体どうして成立するのかが分からないと申せます。

むろん文学に限らず、自分の家の子々孫々が、有職故実のために書き残した日記なんてものもあるわけで、そういうものをしっかりと保存しているお宅が、社会的な地位を得た次第。

日記の家―中世国家の記録組織 | 松薗 斉 |本 | 通販 | Amazon
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やはり、データは力なのであります――などと自分の領域に引き入れたりしてしまうわけですが、とにかく近世日記研究の方法についてここまで色々な専門の方が集まって検討したというのが、本書のとても大事な所でございます。

それにくわえて必見なのが、巻末付録の「近世主要日記一覧」でございます。全部で677件。注記によれば、これは活字化されているものが中心なのだそうですが、それにしても圧巻であります。

しかも、さらに末恐ろしいことが書いております。
「なお、幕末に関しては別に企画予定があるため、網羅していない」

まだまだ続きがあるのだそうでございます。幕末は幕末でとんでもないことになりそうだなぁと、遠い目をしてしまう次第。

吉田松陰も日記はよく書きましたが、どっちかというと旅日記が多かった感じですね。あとは読書日記。

個人的に大好きな箇所は、『東北遊日記』の1852(嘉永5)年1月17日条でございます。

十七日 晴。会沢を訪ふ。会沢を訪ふこと数次なるに率ね酒を設く。水府の風、他邦の人に接するに款待甚だ渥く、歓然として欣びを交へ、心胸を吐露して隠匿する所なし。会々談論の聴くべきものあれば、必ず筆を把りて之れを記す。是れ其の天下の事に通じ、天下の力を得る所以か。


一ヶ月ほどの水戸滞在で、会沢正志斎を訪ねるたびに酒が出てくるというお話しは、なるほど水戸ならそうなるわな、と非常に納得するところでございます。

松陰は下戸でございましたから、よほど困ったことでございましょう。彼がどのくらい酒に弱かったかと申しますと、酒を振る舞われ頬が赤くなってみんなに笑われて、
「吾が頬は桜色にぞなりにけり春来にけりと人や見るらん」

と狂歌を読んでしまうくらい弱いのです。

ちなみにこれは、安政の大獄のために江戸伝馬町に送られたときの歌でして、獄中でなにをやってるんだろうなぁという感じではあります。

ちなみに、さきほどの「水府の風、他邦の人に接するに款待甚だ渥く、歓然として欣びを交へ、心胸を吐露して隠匿する所なし」と言われますとのは、さて、そんなに水戸の人間は立派だったかなぁと、800年くらい前から常陸国在住であった家の子は思うのであります。

桐原左衛門さん
https://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/bunkazai/kuni/tyokoku/3-15/3-15.html

 【目次】

はしがき(藤實久美子)

序 章 近世日記の世界を読み解く(福田千鶴)
 1 近世日記研究の現状と課題 
 2 近世日記の特質 
 3 本書の構成 
コラム1 近世人と日記――鈴木平九郎重固の決意(福田千鶴)

  第一編 公と私の日記の展開  
〈扉裏:冊子型史料の形態分類図(藤實久美子)〉

 第�吃堯〇籠�記の伝統と公日記の復活

解  説(藤實久美子)

第一章 近世朝廷の日記の世界――伝統と新展開(村 和明)
 1 朝廷関係の日記の概要
 2 筆記者の家に蓄積する日記
 3 筆記者の主家・勤務先に蓄積する日記
 4 管理・複製・罹災

第二章 『濱島家日記』――地下官人の日記(西村慎太郎)
 1 内膳司濱島家と日記
 2 内膳司濱島家日記の内容
 3 他の地下官人の日記
 4 感情をあらわす奉膳濱島清平
 5 地下官人の日記の特質

コラム2 門跡・門跡寺院の日記(西村慎太郎)

第三章 年預記録――北野天満宮を支えた社僧の職務日記(石津裕之)
 1 日記の背景
 2 日記の形式
 3 日記の内容

第四章 『伊居太神社日記』――摂津国豊島郡池田村穴織社家の日記(井上智勝)
 1 『伊居太神社日記』について
 2 記主と内容
 3 性格と特質

第五章 『あたりまかせ』――近世在村僧侶の日常世界(引野亨輔)
 1 近世僧侶身分概観
 2 安芸国賀茂郡川尻村光明寺と『あたりまかせ』
 3 執筆動機から探る『あたりまかせ』の特徴
 4 地方有力寺院の法務実態
 5 死を記録し、実感する在村僧侶

 第�局堯)詆榮�記の諸相

解  説(福田千鶴)

第六章 『本光国師日記』――幕府に仕えた禅僧の記録(林 晃弘)
 1 以心崇伝と金地院の記録類
 2 『本光国師日記』の史料的性格
 3 成立期の幕府政治と『本光国師日記』
 4 『本光国師日記』の再発見

第七章 江戸幕府日記――日記方の表右筆と日記掛(山本英貴)
 1 「江戸幕府日記」について――国立公文書館所蔵本を中心に
 2 江戸幕府日記の作成と大目付・目付
 3 江戸幕府日記の複製作成
 4 江戸幕府日記の作成と日記掛

コラム3 大奥における日記(福田千鶴)

第八章 大坂在番日記――大坂城代・定番・大番・加番が作成した日記(宮本裕次)
 1 「徳川大坂城」で作られた在番日記
 2 幕府情報の伝達と共有
 3 寛文長崎大火と大坂城代
 4 大坂城天守の焼失
 5 徳川政権の特質を問い直す

 第�敬堯“容�記の諸相

解  説(福田千鶴)

第九章 高田藩榊原家の「藩日記」――複製される日記(花岡公貴)
 1 大名榊原家とその史料群
 2 膨大な「藩日記」
 3 複製される「藩日記」

コラム4 『楽只堂年録』――焼失からの再編(越坂裕太)

第十章 鳥取藩の藩庁日記の成立と展開(来見田博基)
 1 鳥取藩の藩庁日記の概要
 2 「控帳」の成立過程
 3 藩主親政の開始と「万留帳」
 4 藩庁日記の管理

コラム5 藩の「日記」史料とデータベース(伊藤昭弘)

第十一章 東北諸藩の日記――盛岡藩「雑書」と守山藩「守山御日記」の特徴(兼平賢治)
 1 東北諸藩の日記と年譜
 2 日記類を活用した編纂事業――「国典類抄」と「守山御日記」
 3 盛岡藩家老席日記「雑書」と藩政の推移

第十二章 伊達家奥方日記――広敷向で編纂された藩主正妻の日記(柳谷慶子)
 1 「伊達家奥方日記」の編纂と奥方広敷向
 2 日記の特徴と機能
 3 日記に見る奥女中と広敷向役人の協業

第十三章 長崎・勤番日記――石火矢役・井上信元が記録した意味(松尾晋一)
 1 記主井上信元
 2 黒田家による長崎御番と記録
 3 井上信元が記した日記
 4 井上信元の私日記
 5 井上信元が情報を記録化した意義

  第二編 広がる近世日記の世界  
〈扉裏:冊子型史料の製本方法と呼称――竪帳を事例に(藤實久美子)〉

 第�孤堯‖人猷修垢詁�記の目的

解  説(福田千鶴)

第十四章 『大和守日記』――芸能と大名(武井協三)
 1 発見の経緯と現存諸本
 2 『大和守日記』に見える演劇上演記事

第十五章 松平容敬日記――一九世紀の大名の生活と政治行動(荒木裕行)
 1 容敬の生涯と日記の概略
 2 日記から大名の日常生活の実態を知る
 3 日記から一九世紀幕府政治史を読み解く

第十六章 仙台藩士玉虫十蔵「記録」――天明の飢饉後の復興に立ち向かう武士(モリス、J.F. )
 1 玉虫十蔵尚茂の紹介
 2 玉虫十蔵日記の史料学的検討
 3 玉虫十蔵「記録」を読む

コラム6 日記と天気(武井弘一)

第十七章 名古屋商人内田蘭渚の日記――本居宣長門人・木村蒹葭堂との交友(岸野俊彦)
 1 名古屋商人内田蘭渚の「日記」史料
 2 名古屋周辺での文化交流
 3 木村蒹葭堂との交友
 4 蒹葭堂蔵『介翁茶史』の名古屋出版
 5 内田蘭渚「日記」の魅力

第十八章 『井関隆子日記』――旗本家の女性が残した日記(野口朋隆)
 1 『井関隆子日記』の書誌情報
 2 旗本家の隠居井関隆子
 3 隆子による『日記』執筆

第十九章 夫婦の日記――広島藩儒者頼春水と妻梅颸が綴る生活記録(高野信治)
 1 夫婦の日記
 2 二人の役割
 3 日記を比べる
 4 ひそむ思い

 第�紘堯‖人猷修垢覽�主と記載内容

解  説(藤實久美子)

第二十章 町方の日記――感情記載に注目した紹介(渡辺浩一)
 1 信濃国松代町年寄日記――家の最も重要な公職の日記
 2 飛騨国高山町会所日記――公的な組織の日記
 3 江戸金吹町播磨屋中井家日記――民間組織の日記
 4 江戸雉子町斎藤月岑日記――個人の日記
 5 出雲国松江太助日記――感情記載豊富な日記
 6 日記を読む眼差し

第二十一章 『日記』、『日記帳』、『御用書類留』――在町商人が記録した日々(山本太郎)
 1 備中国窪屋郡倉敷村大橋家
 2 大橋家の日記類
 3 嘉永三年六月の大水害の記録の比較

第二十二章 中井源左衛門光基の日記――「諸事日下恵」と「要用記」(青柳周一)
 1 一九世紀の「近江商人」の日記
 2 創出される日記――「日野要用記」から「初下り諸事手扣」へ
 3 出店と飢饉の日記――経営の転換期に直面して
 4 光基、筆を擱く

コラム7 日記の世界と年代記の世界(江藤彰彦)

第二十三章 「御山方御用幷諸事日記」の成立過程――尾張藩「御山守」の職域拡大と記録・日記類の変遷(太田尚宏)
 1 内木彦七武久の「御山方御用幷諸事日記」
 2 諸事覚書・御用留・御用日記
 3 「御山方御用幷諸事日記」の成立

コラム8 六角家文書の大庄屋日記(梶嶋政司)

第二十四章 「初登江都日記」と「国枝外右馬江戸詰中日記」――江戸勤番武士の日記を読む(岩淵令治)
 1 江戸勤番武士の日記 
 2 江戸勤番武士の実像――「初登江都日記」を中心に 
 3 江戸勤番武士の心性・感情 

終 章 日記と歴史書編纂(藤實久美子)
 1 日記の四類型とその細分類
 2 日記と編纂物
 3 歴史書編纂と日記(1)――一七世紀まで
 4 歴史書編纂と日記(2)――第一段階・一八世紀中ごろ
 5 歴史書編纂と日記(3)――第二段階(幕府の場合)

巻末付録 近世主要日記一覧
あとがき 福田千鶴
索  引
執筆者紹介

2022年04月05日 (火)

今日のお題:大澤広嗣先生より『日本と東南アジアの仏教交流:その史実と展望』(三人社、2022年)をご恵贈戴く。

大澤広嗣先生より林行夫編『日本と東南アジアの仏教交流:その史実と展望』(三人社、2022年)をご恵贈いただきました。まことにもって有難いことです。
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目次
仏教交流の実相への視座(村上忠良)
日本とミャンマーの仏教交流:『入竺比丘尼』に見るネイションとジェンダー(伊東利勝)
仏教学者の上田天瑞と陸軍中将の牟田口廉也:インパール作戦の開始前後における会見(大澤広嗣)
明治期日本人僧侶の暹羅布教(中西直樹)
仏教経典をめぐる日タイ交流の史実と現実(清水洋平)
タイ仏教と日本仏教は対話できるか?」タイ仏教への掛け橋になる(神田英昭)
石井米雄と日タイ仏教交流(林行夫)
仏教の交流、比丘サンガの交流(藤本晃)

林行夫編『日本と東南アジアの仏教交流:その史実と展望』三人社、2022年
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日本と東南アジアと仏教というと、まぁつながりはあるかも知れないけど、仏教の系統が違うんでしょ? という印象をお持ちの方もおられるかと思います。

しかしながら、近代日本は、さまざまな形で、それこそ文化のみならず、経済・政治・軍事といった形で、東南アジアと関わりがあったわけでして、ある意味戦前の方が、世界的視野のある動きをしていたと申せます。まぁ、それが背伸びのしすぎだったのかは、評価の分かれるところとは思いますが。

ちなみに名古屋には、日泰寺(にったいじ)というお寺さんがございまして、こちらの山号は覚王山と申します。覚王とは、悟り(覚り)を得た王さまつまりは、お釈迦様のことでして、ここにはその遺骨ともうしますか、いわゆる仏舎利が収められております。

この仏舎利は、タイ国王から拝領したものでございまして、ですので、日泰寺(日本―泰(タイ)の寺)と言うわけです。なお創建時は日暹寺(にっせんじ)でした。当時、タイは暹羅(シャム)と呼ばれていましたので。

タイからわざわざ仏舎利がやってくる――そのことだけでもかなり興味深いところでございます。このあたりのことについて、そのむかし、ジャフィ先生のご論攷を、オリオン氏と一緒に翻訳したことがあるのですが、あのときは、まさか自分がその名古屋にやってきて、日泰寺を見ることができるとは思わなかったですよ。世の中分からないものです。

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