2013年11月20日 (水)

今日のお題:桐原健真「近代日本における魂のゆくえ:「九段の母」を手がかりに」(名古屋市・金城学院大学、日本語日本文化学会講演会、2013年11月20日)

どうしたことでしょう、この一週間の大車輪ぶりは。これまでのツケがすべて回ってきたような感じではあります。

とりあえず、当方の持っている軍歌・戦時歌謡コレクション大放出の巻でございます。ただ、「抜刀隊」だけはなぜか手持ちの音源がなく、やむを得ずニコニコ動画を流すという多分著作権的にセーフなことをやってみました。

まぁ、引用の範囲内で、というヤツでありますが、今回一番困ったのが、HDMI出力をD-Subに変換する処でありまして、当方のノートはHDMIしか付いていないので、変換ケーブルを持っていたのですが、映像だけではなく音声も持って行かれていたようで、再生しようにも出力先が無く往生したですよ(その後、音声出力の付いた変換ケーブルを買いました)。

このことが分かるまで2-3分かかったのですが、最終的に、手持ちのREGZAに音源を移し替えて再生はそちらでやることにして事無きを得た次第。

セキは止まりませんで、どうにも聞きづらかったことでしょう。それでもマイクを使おうとしないのは、果たしてどうなんだろうなぁと思わなくもなく。

2013年11月17日 (日)

今日のお題:桐原健真「神無き国の神殿としての病院」(神戸市・神戸学院大学・キャリアアップ講座看取りコース、2013年11月17日)

昨日水戸にいたはずなのですが、いきなり名古屋をすっ飛ばして神戸にいるという強行軍

茨城空港から神戸空港まで飛行機があるから行けるだろうと思っていたのですが、結構ダイヤというか、ダイヤにもならない便数で、結局新幹線を乗り継いで何とかたどり着くという事態に。

その一方で、セキが止まらない状態が続いており、話をしている途中でクラクラして、結局、一席ぶった時点でそのまま退出するという為体。なんとも申し訳ないことこの上ない。

2013年11月16日 (土)

今日のお題:桐原健真「連続と断絶:水戸学と維新のあいだ」(人文学部地域史シンポジウム「明治維新と茨城の歴史」2013年11月16日、水戸市・茨城大学)

ポスター 『新論』
茨城大学人文学部地域史シンポジウム「明治維新と茨城の歴史」でトリを勤めて参りました。

『新論』を維新の経典にするのはやめようといういつもの話とともに、当方が登壇するまでにお話しいただいた方々の中身をすくい上げながら盛り込むという芸に挑戦。次はもっとうまくやりたいところではあります。

いろんなところで書き散らかしておりますが、今日の感覚からすると、戦前における会沢評価の低さはどうにも理解できないところがございます。すなわち戦前の水戸学研究は、徳川光圀を一つ目のヤマとすると、斉昭と東湖の君臣ペアが二つ目のヤマとなって位置づけられる訳であります。これに対して、戦後は、まぁ、会沢一極集中と言っても宜しいのではないかというくらいに、会沢一辺倒になります。

戦前において会沢の評判が芳しくなかった理由としては、やはり、その晩年の言動にあったと申せます。会沢開国論と呼ばれる「時務策」ですとか、戊午密勅の返納論ですとか、そういったことが会沢をしてその評価を低くならしめたわけです。個人的見解としては、彼はかなり本気で儒学を信じていた人間で、学者としては立派なもんだと思うのですけど、なかなかそこら辺に光が当たらないというか、当てられないというのが少々不満でございます。

嗚嗟、ちなみに左の『新論』は当方が個人で所有しているものなので、パブリックドメインとして公開します。所蔵印を見ますと、「砂川和義」とありますので、日本古代の法制史で知られる砂川さん(1937〜2006・神戸学院法学部)の蔵書だったのではないかと思われます。経緯は分かりませんが、めぐりめぐるというのはこういうことかなと思ったり思わなかったり。

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