2017年09月14日 (木)

今日のお題:桐原健真「三山と松陰」、奈良県立大学ユーラシア研究センター「谷三山研究会」、奈良市・奈良県立大学、2017年09月11日

1853年に松陰は、江戸に向けて諸国遊歴を続けていた。その際、大和周辺に3ヶ月ほど滞在している。そこで出会った大和五條の森田節斎や八木の谷三山に、松陰は強い影響をうけた。そしてまた、斎藤拙堂『海外異伝』(1850)をめぐる論争に巻き込まれ、彼自身も、学問とはいかにあるべきか、なにをなすべきかを問うていくこととなる。

2017年07月21日 (金)

今日のお題:桐原健真「明治150年を前に水戸学を問う」、奈良県立大学ユーラシア研究センター「近世・近代の思想研究会」、奈良市・奈良県立大学、2017年07月21日

「後期水戸学」の「理論的代表者」(丸山真男) や「後期水戸学の大成者」(植手通有)と言われる会沢正志斎についての語りについて、その生前から幕末維新を経て、近代そして戦後に至るまでの変遷を追ったもの。この作業を通して国体論と水戸学との硬直的な理解を再考した。

と、まぁ、書きましたが、あんまり奈良とかアジアとかが関係ないという問題点がございます。もう一山こしたところでつながるだろうなぁとは思うのですが、少々どうにもいけません。

2017年06月14日 (水)

今日のお題:秋田で天台宗に思いを馳せる

先日の学会帰りに通りかかった上野駅にて撮った一枚。

2017年06月04日:あきたとちぎ(上野駅).jpg

JR東日本が推しているのは、「あきたとちぎ」だそうです。

しかしながら、当方のアタマには、

「あきたとちぎ」

と言われて、どういう誤変換をしたのか、

「秋田と

ということばしか想起されませんでした。

秋田県と天台智とでなにをやろうというのでしょう。そもそも秋田県の天台宗寺院を不勉強なモノでよく存じ上げません。

天台宗 > 天台宗について > 寺院検索 > 都道府県:秋田県
http://www.tendai.or.jp/tera/kensaku.php?action=execute&title=&title_kana=&post_code=&pref=%E7%A7%8B%E7%94%B0%E7%9C%8C&address=&area=

なるほど、たしかに多くはないようで。

当方などは、山形県の記憶が強いせいで、東北には天台宗多いねぇとか思ったりしてたのですが、南東北の経験だけで東北全体を語ってはいけないのです。

なお、山形の天台宗と申しますとやはり山寺でございましょう。

宝珠山 立石寺
http://www.rissyakuji.jp/

円仁と申しますか、慈覚大師が開いたということでございますが、わざわざあの山奥までお越しになったのは、入唐求法よりも大変だったかもしれません。

いや、やっぱり入唐というか、離唐のほうがよほど大変だったよね。

2017年06月14日 (水)

今日のお題:三菱のDiamondcrysta RDT233WLMが壊れたよ

三菱のDiamondcrysta RDT233WLMが壊れました。



こりゃどうも困りましたね。

修理に出すべきか、背中開けて直してみたものかなぁと途方に暮れておりますと、別の型番で「電流が足りないんじゃないの」という情報があり、

ああ、そういうこともあるよねぇ

と差し直してみたところ、見事恢復。良かった良かった。

しかし、一応UPSもワット数的には足りてると思うんだけどなぁ。

2017年06月07日 (水)

今日のお題:いま、メディアを問う

このところ、国会なりなんなりでメディアのあり方について議論が喧しいところでございます。

しかしながら先日、メディアそのものの存在形態について根本的に考え直させる光景を目にしましたので、思わず写真を撮ってしまった次第。

2017年05月27日:記録メディア…か?.jpg

ただのコピー用紙売場だと思われた方は、是非、よくよくご覧頂きたいところ。

2017年05月27日:記録メディア…です.jpg

嗚嗟、たしかに紙は記録メディアでしたねぇ。

紙が作られて2000年ほどになりますが、なるほど紙はメディアのパイオニアであり、且つ第一線のメディアでございます。

2017年06月03日 (土)

今日のお題:公募情報

今月号の『キリスト教学校教育』に気になる公募があったので、どこに向けてかは分からないのですが、ご案内。

キリスト教学校教育同盟公式ホームページ
http://www.k-doumei.or.jp/

遺愛女子中学・高等学校 高校「地歴」(日本史)・中学校「社会」+高校「公民」
遺愛女子中学・高等学校『教職員募集』について(お知らせ) | 遺愛女子中学高等学校ニュース
http://iaijoshi-h.ed.jp/wordpress/?p=4172

また、

東洋英和女学院中高 司書教諭
採用情報 l 学校法人東洋英和女学院
http://www.toyoeiwa.ac.jp/recruit/

などは、近来極めて珍しい司書教諭の採用情報でございます。

なお、

国際基督教大学高校 国語教諭
採用情報(更新2017/05/15):お知らせ - What's new|ICUHS - 国際基督教大学高等学校
http://icu-h.ed.jp/news/archives/120525_000778.html

というのもありました。こちらは2名ということで大盤振る舞いでございます。

2017年05月30日 (火)

今日のお題:自己内対話(承前)

英会話教室、まだ行ってます。

前回、自分には趣味も余暇もジム通いも何もなく、ただただ毎日を授業の準備やら研究やら子育てやらに費やしているという事実に甚だしい衝撃を覚えましたが、それでも行ってます。

理由は、学生になるのが久しぶりすぎて楽しいからです。

嗚嗟、学生ってこんな感じだったよねぇ、という新鮮な気持ちでございます。

で、今回のお題は、

夏休みどうする?

です。

あー、何するんだろう、自分。

とりあえず、

「論文書いてる。締切あるし。」

と妙にリアルなぼくのなつやすみ

先生は、「どっか行かないの?」と仰るので、よくよく考えてみたら、仙台に行くなぁと申し上げると、追い打ちをかけるように「なんか良いとこ無い?」と曰う。

仙台の良いところ?
仙台の見どころ?
仙台でやっておくべきこと?


これは非常に難題でございます。

十数年あそこにいましたが、外から客が来たときに連れて行くところにいつも悩みました。

結局、秋保温泉という非常にマニアックな処を挙げるにとどまった次第。

引き出しが少ないなぁ〜、と思いながら次の自分の授業に向かうのです。

2017年05月29日 (月)

今日のお題:苅部先生より『「維新革命」への道』を頂戴する

御高著を賜る。まことに感謝に耐えません。


「維新革命」への道: 「文明」を求めた十九世紀日本 (新潮選書) | 苅部 直 |本 | 通販 | Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/410603803X

惹句によると、
日本の「近代」は、江戸時代に始まった!
「明治維新=文明開化」史観をひっくり返す!

だそうです。近代概念の底からひっくり返そうというお話は誠に刺激的でございます。

日本の近代は「ペリーの来航が魔法使いの杖のように」もたらしたものではないんだ――とグリフィスが言ってから、はや1世紀を経ましたが("Mikado" 1915.)、仲々一般化しないのはなぜなのかと、いつも思います。

そういや、日本でのペリー人気はなんとも不思議だなぁと、ペリーの曾孫(だったか)でオーストラリア人な方が言ってましたよ。

2017年05月16日 (火)

今日のお題:自分との対話

なにをどう血迷ったのか、英会話教室なるものに行ってみました。

まずは自由にお話しをしてから、その表現を再検討してみましょうということで、まず最初のお題は

ゴールデンウィークなにやってた?

です。

ゴールデンウィークですって? なにやってたかなぁ。なにしろ、昨日のことすらちゃんと覚えていないのに……。

授業の準備か、疲れて寝てるかだったか。あいわずすりーぴんぐえぶりでい

……非常に頭が宜しくない。英語表現以前のお話でございます。

ああ、そういや水族館に行ったね。あの水族館ってどこにあったのかなぁ。やはりすでに記憶がございません。

行ったけど、結局は子どもを見に行ったようなもので、なにか堪能したかということについてはなんとも。

いわば「子の楽しみを楽しむ」という所でしょうか。「子も亦た其の楽しみを楽しむ」かどうかは測りかねますが。→参考:『孟子』「梁惠王」下4

正直申しまして、日本語でもこんな会話をほとんどしたことがございません

自分に趣味やら――趣味と打って「須弥」が出た辺りでもうダメだなと思う――スポーツやらそういったものを日ごろからやっていないと、英会話教室なんてのに通ってはいけないのだと、どなたかのラジオで聞いたことがありますが、「嗚嗟、これか」と思い至った次第。

2017年05月15日 (月)

今日のお題:湯島聖堂探訪(2016年12月24日)

前日の研究会に続けて、以前からの懸案であった湯島聖堂を訪問。

2016年12月24日:湯島聖堂:01:門前.jpg
湯島聖堂門前

「今まで行ったことなかったんですか〜。」と言われると、まことに忸怩たる所ではございます。

もとより、むかし行った気もするのですが、当時はそこまで意識が高くなかったので、たんなる物見遊山であったようで、まるで記憶がございません。

じゃぁ今回は物見遊山ではないのか、と言われますと何とも返す言葉がございません

なんにしましても、改めての訪問でございます。

2016年12月24日:湯島聖堂:02:仰高門.jpg
仰高門

東側から参りますと最初にあるのが仰高門でございます。事務所前を素通りして、右手に鎮座ましましておりますのが、世界最大の孔子銅像だそうでございます。

2016年12月24日:湯島聖堂:03:孔子像.jpg
孔子像

まぁ、こちらの銅像でございますが、毎度思うのは、こういう所にも写真が置いてあるのですが、正面の写真だけ見ても大きさが分からないというところでございまして、何か対比できるものがないとどうにもいけません。ということで、こういう写真も撮ってみた次第。

2016年12月24日:湯島聖堂:04
孔子像対比

孔子にせよ観覧者にせよ顔が隠れておりますが、その大きさはおわかりいただけただろうか

などと、怪力乱神を語らないと言う孔夫子に怒られそうな――怒られるのはそこじゃないだろう――フレーズをのたまいながらさらに階段を上ると、

2016年12月24日:湯島聖堂:05
入徳門前

入徳門がございます。

「徳に入れるのか〜」、と不徳の致すところ満載の当方としましては、誠に有難い気持ちになりながら、結構な段数の階段を恨みつつさらに上る次第でございます。

2016年12月24日:湯島聖堂:06
入徳門

ちなみにこの入徳門は、関東大震災で被害を受けなかったそうで、聖堂のなかでは唯一の木造建築物なんだそうであります。1704年に作ったと言うことは、元禄越えたあたりですな。まだ徳川綱吉は生きてます
(追記:元禄末年でした。改元して宝永元年になります。適当に記憶だけで書いてはいけませんな)。


2016年12月24日:湯島聖堂:07
杏壇門

杏壇門をくぐりますと、遂に大成殿となります。

関東大震災で全部焼失して、コンクリで復元したとは言え、かつてここで儒学者と国学者とが学神祭論争を繰り広げたり、そのせいで大学本校自体が消滅したり、さらには、今日の東京国立博物館の出発点となる日本初の官製博覧会が開かれたり、さらには新聞縦覧所になったりと、文教の中心地なんだろうけど、絶対にそれって大成殿でやってはいけないよねということをやりまくったことに想いを馳せ、胸が熱くなった次第でございます。

というか、その前に、そもそも昌平坂学問所だったということに想いを致しなさい、と申し上げたい。

2016年12月24日:湯島聖堂:08

大成殿でございます。

寛政改革で大成殿を作る際には、朱舜水の「学宮図説」(1670)に基づいて徳川光圀が作らせたミニチュア(1/30スケールの木製模型)が参考になったそうです。できれば光圀も大成殿を作りたかったのでしょうが、『大日本史』とか作ったりして財政的にも体制的にも厳しくなったんでしょうね。

ちなみに後年、水戸に弘道館が作られたときは、この模型はまったく参考にされなかったわけで、神儒一致のまことに不思議な藩校になった次第。

2016年12月24日:湯島聖堂:09

大成殿に入ります。

2016年12月24日:湯島聖堂:10

釈奠器配置図でございます。ははぁ、こんな感じなんですねぇ。大変に参考になりますよ

真ん中にある「俎(そ)」は、所謂「俎上の魚」の俎でございまして、ここにお肉とか載せて差し上げるわけですが、さすがに平時には載せてございません。

2016年12月24日:湯島聖堂:11

全体を眺めますと、こんな感じでございます。孔子像に加えて孟子とかの継承者4人の像もございます。

とまぁ、まことに堪能しながら、ノンビリと出て参りますと、川を挟んで――嗚嗟、これが神田川なんですな――向こうの方になにやら不思議なドームが見えます。

2016年12月24日:湯島聖堂:12

これが水道橋なら東京ドームということで済むのですが――なにが済むんだか――、コトはそう簡単ではございません。

2016年12月24日:湯島聖堂:13

まぁ、なんのこたぁない、ニコライ堂なんですけどね。

正式名称「日本ハリストス正教会教団・東京復活大聖堂教会」ですから、こちらも立派な「聖堂」でございます。

立派どころか「大」まで付く聖堂ですので、まったくもって立派でございます。

今は色々と間に建屋やら駅舎やらが入っていますが、かつては聖堂の辺りからよくよく見えたモノなのだろうなぁとなんとも不思議に思われたり致します。

すくなくとも、大門と東京タワーですとか雷門とスカイツリーとかいうような、単純な新旧対峙とは異なる何かがそこにはあったんだろうと思ったり致します。まぁ、それ以前に、釈奠再開以前の文明開化満面の状況を考えますと、新旧対峙以前の何かがあったとも申せますが。

とは言え、釈奠と申しますか、孔子祭典会が再開されたところで、本当にそれがかつての孔子崇拝を意味したのかというとそうでもないようでございます。

イノテツこと井上哲次郎(1855-1944)先生がおっしゃるには、孔子は「平凡の非凡」なんだそうでございます。平凡なんだけど、どえらい平凡と言うことで。

孔子の人格を見ると何処か果して孔子の欠点といふ所でありませうか。私は色々考へて見たが孔子の欠点を挙げるといふことは余程困難であります。孔子でも絶対的に完全なりといふことは無論言へませぬ。

けれ共(ども)孔子は人間中最も欠点の少ない人であります。是が孔子のいけない点だといふ著しい所を挙げて言ふことは余程六つかしい。さう云ふ様な訳で。孔子はあらゆる方面を揃へてズッとヅ抜けて大きくなった。即ち平凡が非凡になった。平凡の非凡。そこが一番六つかしい

マァ孔子の経て来た所の道筋は能く分って居ります。貧賤なる学生からやり上げた。何でも無い様であるがそれならばどの学生でも孔子の様になれる。なれる訳だがさてやって見るとナカナカ大変なものであります。そこで益々孔子の偉大な所が分る。

大変な六つかしい所をズッと高い所までやつた。併しナカナカ入り易い所があるからして誰でもやればやれる筈であります。

井上哲次郎「孔子の人格に就いて(孔子祭典会講演)」1907年、『日本朱子学派之哲学(増訂五版)』富山房、1915年、726〜727頁、改行引用者


孔子の聖は徹底的に平凡を行き詰めたものであり、だから我々もこれに倣って孔子のようになれるんだ。まぁ、難しいんだけどもね――と哲次郎先生はおっしゃる。

「聖人、学びて至るべし」というのは昔からあるお話なのですが、しかしながら「平凡の非凡」という話になりますと、「聖人」というお話はどこかに行ってしまう。孔子を聖なる地位から引きずり下ろして、さらにこの身と地続きなところに据えて、拳拳服膺して咸(み)な其の徳を一にせよということになります。

結局の所、儒学はそうやって近代化――国民道徳化――されていったんだなぁということをぼんやり思いながら、帰途についた次第。

※訪問してからこの文章を書き上げるのに、どういうわけか半年近くかかりました。せっかく写真を撮ったので、たまにはupしてみようとか思ったのが間違いでした。

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