2008年09月09日 (火)

今日のお題:大塩平八郎檄文(『日本経済大典』1837〈天保8〉年)

四海困窮せば、天禄永絶えん、小人に国家を治しめば、災害並到ると、昔の聖人深く天下後世の、人の君、人の臣たる者を誠め被置候故、東照神君も、鰥寡孤独におゐて尤憐を加へ候は 仁政の基と被仰候し、然る処、此二百四五十年、大平の間に追々上たる人、驕奢を公に授受して、贈貰ひ致し、奥向女中の因縁を以て、道徳仁義もなき拙き自分として、立身重役に歴上り、一人一家を肥し候工夫のみに心運し、其領分知行の民百姓共に、過分の入用金申附、是迄年貢諸役に甚敷苦む上、右の通無体の儀申渡、追々入用かさみ候故、四海困窮に相成侯に付、人々上を怨ざる若無き様に成行候得共、江戸表より諸国一同右之風儀に落入、天子は足利家以来、別て御隠居御同様、賞罰の柄を御失ひに付、平民の怨み何方へ告訴とて、告訴る方なき様乱れ候に付、人々の怨気天に通じ、年々地震火災、山も崩れ水も溢れしより外、種々様々、天災流行、遂に五穀飢僅に相成、是皆天より深く御誡の難有御告に候得共、一向上たる人心も得す、猶小人奸那の輩、大切の政事を執行ひ、天下を悩め、金米を取立候手段計に相懸り、実に以小前百姓の難儀を、我等如き草の陰より察し悲み候得共、湯王武王の勢位もなく孔子孟子の道徳も無ければ、徒に塾居致し候処、此節は米価愈高直に相成、大坂之奉行、并諸役人共万物一体の仁を忘れ、得手勝手の政道を致し、江戸へは廻来之世話致し、天子御在所の京都へは、処米の世話いたさゞる而已ならず、五升壹升[ママ]位の米を買下候者共を召補抔致し、実に昔葛伯と云大名、其農人弁当を持参る小児を殺し候も同様、言語同断、何れの土地にても、人民は徳川家御支配の者に無相違処、如此隔を附候者、全く泰行等の不仁にして、其上勝手我侭の触書等を度々差出、大坂市中遊民計を大切に心得候は前にも申通、道徳仁義も不存拙き身故にて、甚以厚か間敷不届の到り、且三都の内、大坂の金持共、年来諸大名へ貸附け候利足金銀并扶持米等莫大に掠取、未曾有之有福に募り、町人の身を以、大名の家老用人之格に被取用、又自己の田畑新等を夥敷所持、何等之無不足暮し、此節の天災天罰を見ながら、畏もいたさず、餓死貧人乞食共、敢て不救共、身は膏梁の味とて、結構の物を食ひ、妾宅等へ入込、或は揚屋茶屋へ大名家来を誘引参り、高価の酒を湯水を飲も同様に致し、此難渋の時節に絹服を纏ひ、河原者と妓女共に迎ひ、平常同様の遊楽に耽り候者、何等の事に候哉、紂王長夜の酒盛も同事、其所の奉行諸役人、手に握り候政を以、右之者共を取扱、下民を救ひ候儀も難出来、日々堂島の米相場計を致し候事、実に禄盗人にて、決て天道聖人之御心に難叶御扱ひ無き事に候、於是塾居の我等、最早堪忍難成、湯の勢ひ、孔孟の徳はなけれども、無拠天下の為と存じ、血族の禍ひを侵し、此度有志の者と申合、下民を悩し苦しめ候、諸役人共を誅戮致し、引続き奢に長じ居候、大坂市中金持の町人共を誅戮可致候間、右之者共、穴蔵に貯置候、金銀銭並諸蔵屋敷内へ隠置候俵米、夫々分散配当致し遣し候間、摂河泉播之内、田畑所持不致者、縦令所持致候共、父母妻子家内の養方難出来候程の難渋者へは、右金米為取遣候間、何日にても、大坂市中に騒動起り候と聞得候はゞ、里数を厭ず、一刻も早く、大坂へ向け馳参り候面々へ、右米金遺可申候、鉅橋鹿台の粟財を、下民へ被興候御遺意にて、当時の饑饉難儀を相救遣し、若又其内器量才力等有之者には、其々取立不道の者共を、征伐致す軍役に使ひ可申候、必一攘峰起の企とは違ひ、追々年貢諸役に到迄軽致し、都て中興神武帝御政道の通り、寛仁大度の取扱ひ致し、年来蹣奢淫逸の風俗も、一洗に相改め、質素に立戻り四海天思を難有存じ候て、父母妻子を取養ひ、生前の地獄を救ひ、死後の極楽成仏を、眼前に為見遣し、堯舜天照皇太神の時代には復し難けれ共、中興の気象に恢復とて、立戻可申候、此書付、一々村々へ為知度候得共、夥敷事に付、最寄人家多き大村の神殷等へ張置候間、大坂より廻し有之番人共へ、不為知様心掛早々村々へ相触可申候、万一番人共見附、四ヶ所の奸人共へ、注進いたし候様子に候はゞ、無遠慮面々申合せ、番人を不残打殺し可申候、若又大騒動起り候と承りながら、疑惑致し馳参り不申、又は遅参に及候得者、皆金持之米金火中の灰と相成、天下の宝を取失ひ可申候間、跡にて必我等を恨み、宝を捨て候不道若と、陰言不致様、為其一同へ触為知候、尤是迄地頭村方にある、年貢等に拘り候諸記録帳面類は、都て引破り、焼捨可申候、是往々深慮り有事にて、人民を困窮為致不申積に候、乍去此度の一挙、当朝平将門、明智光秀、漢土劉裕、朱全忠の謀反に類し候と申ものも、是非有之道理に有之候得共、天下国家を纂盗致し候欲念より、おこり候ことには、更に無之候、日月星辰、神鑑有之事にて、詰る処は、湯武、漢高祖、明大祖、民を弔し、天罰を取行ひ候誠心而己にて、若疑敷相覚候得者、我等所業、終る所を爾等篤と限を開きて見よ、
 尚々、此書付小前之者へは、道場坊主或は医者等より、篤と読為聞可中候、若庄屋年寄眼前之禍を畏れ、一己に隠し候はゞ、追て急度其罪を可行候、


  奉天命致天罰候摂河泉播村々

 庄屋年寄小前百姓共え

    天保八丁酉年 月 日

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