2005年12月10日 (土)

今日のお題:東方君子国の落日(日本思想史研究会月例会、2005年12月10日)

 戦前における会沢評価は、意外なほどに低い。それは、晩年の彼が尊攘激派ではなく、鎮派を支持したという事情が、明治以後の会沢の評価を低からしめていたのであろう。これに対し、戦後は皇国史観や国体論への批判とともに、水戸学における国体論の理論的思想家(イデオローグ)として会沢がクローズアップされた。本発表は、幕末において、会沢の国体論がいかに変容したかを論ずるために、会沢における国体論の理論的基盤を明らかにすることを目的とするものである。

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