馬場今日子
2001
年1月
山下淳子先生
Referential Communication Tasks
について
[本の概要と所感]
referential communication (ここではRCと略します)の理論的背景から実際のタスクの説明までを解説している。本は5章からなる。1章はOverviewで,RCの歴史や概念,2章は(特にL1における)RC研究で明らかになったこと,3章はreferential communication task (ここではRCTと略します)を使う場合に考えるべき原則や区別,4章は実際のタスクと使う手順,5章はデータを分析する枠組みについて書いてある。それぞれの章にはfurther readingの節を設けてあり,関連する研究が紹介してある。RCTを使おうと考える人には,この本はよい案内書になると思う。
私は他の研究で使われていると言う理由で漠然とpicture description taskを使おうと考えていたことがあった。しかしそんな浅はかな考えでそのタスクを使わないでよかったと思う。そもそもRCTはどういう目的のために使うと効果的なのかさえよく分かっていなかった。それはこの本を読めば理解することができる。また,RCTをいかに上手く利用するかを考えるために参考になることも書いてある。大切なのは,あるRCTを使う際のコンテクストと被験者の認知活動をよく考えることだと思った。
[
ポイント]
以下では各章で私が重要だと思ったポイントをまとめ,最後に意見・感想を述べたい。
1
章 Overview
第二言語教授におけるtaskとは,話し手の注意が言語構造より意味に向けられるようなコミュニカティブな言語使用を含むものである。
RCの研究はPiagetによる子どもの発達の研究にさかのぼる。(つまり,それなりの歴史がある。)
RCを考える時に重要な概念は,「コミュニケーションの効果性」「フィードバックの役割」「社会的知識の影響」「メッセージ形式の多様性」である。
RCTは形態素・統語よりは意味論や語用論により関係が深い。また,心的表出や心的過程の性質といったような心理学的問題に関わっている。
p. 6の「第二言語習得 (SLA)とRCの焦点」という表は面白い。簡単に言うと,SLAでは学習者の発達段階を見ようとして習得できていない部分を調べるのに対し,RC研究では学習者の発達過程を見ようとしてその場その場で移り変わるperformanceを調べる。焦点を当てる部分がSLAでは言語形式であるのに対し,RCではpragmatic functionである。
SLAとRCでは方法論に対する考え方も異なる。実験にRCTを使うと自ずと緩い統制しかできないため,従来のような厳しい研究方法の基準からははずれてしまう。しかし研究を評価する視点も今後変わっていくだろう。
実験のコンテクスト(教室内か自然な状況か)と,被験者に与えられる役割について考察することは重要。
RCTをする際に被験者に必要な能力は以下の3つ。
1 認識能力: 指示されているものと指示されていないものの属性を認識
2 比較能力: それらの属性の決定的な相違や類似をidentifyする
3 言語能力: それらの決定的な相違を言語化する
- communication
のなかの,interpersonal communicationとreferential communicationの区別は重要。
2
章 The development of (L1) referential communication
効果的なメッセージはunambiguous,一つのものを特定するのに不十分なメッセージはambiguousとされる。小さい子ども(4歳から5歳)はambiguousなメッセージにも反応を示し,物を特定してしまう。これは,ある情報が入った時点で他のことはもう聞いていないからである。
7,8歳になると子どもはunambiguous messageとambiguous messageの区別ができるようになる。
この成長はただ子どもの自然な成長によるのではない。その成長にはフィードバックが必要である。フィードバックには2種類ある。一つはunambiguous messageを産出するように促すフィードバックと,unambiguous messageをきちんと理解しているか確認するフィードバックで,これらのフィードバックは家ではなく,学校で与えられる。
家より学校でのほうがコンテクストがない(decontextualized)情報のやり取りが期待される。
referential communication skillは年齢が高くなれば完全に習得されるというわけではない。「大人でもRC skillをマスターしていない」という可能性はまだ研究されていないが,有り得る。NSが完璧なL1能力を持っているわけではないということを,L2習得研究では忘れないようにすべきである。
3
章 Principles and distinctions
これまでのRC研究を通して従うとよいことが分かっている原則が7つある。
1
(話し手から)目的を持ったスピーチを引き出す
2
広がりのある談話を引き出す (短い返答だけでは駄目)
3
構造のある談話を引き出す (task designは基本的な談話の構造を提供すべし)
4
限定された談話を引き出す (被験者が何について話すか限定する)
5
話し手自身の談話を引き出す (どんな言語形式を産出するかは話し手次第)
6
さまざまな談話を引き出す (異なる種類のタスクを使うようにする)
7
ベースラインデータをとること
RCTを考える時に区別するべきことは2つ: タスクのフォーマット(情報の流れが一方向か,双方向か,あるいはタスクがopenかclosedか),被験者の役割(もし2人の被験者を使う時はそれぞれの被験者の地位関係や属性を考慮する)。
4
章 Materials and procedures
RCTには非言語的なものが多い。その利点はproficiency neutralであること,language neutralであること,そしてage neutralであること。
主なRCTの種類は4つ。「物の同定・名づけ・描写」「指示」「出来事や物語の説明」「意見・問題解決・決定」である。
「物の同定」では実際の物の写真(台所用品など)を被験者に見せて説明されるか,抽象的なものの説明をさせるか,概念を言葉で見せて説明させるタスクがある。
「指示」では図形を書く指示や,地図をたどる指示,ものを組み立てる指示がある。
「出来事や物語の説明」では犯罪が起きている一連の絵を見せてそれを説明させるもの(eyewitness accounts)や,ストーリーになっている一連の絵を説明させるものがある。それらの課題では話し手と聞き手に異なる絵を持たせ,RCを引き出す。
「意見・問題解決・決定」には例えば沈みかけた船から無人島に行く時に限られたものしか持っていけないとして,何を持っていくかを決める「無人島」タスクや「心臓移植」タスク,「核戦争」タスクなどがある。
実験の手順で考えるべき問題には,2人の被験者の物理的な関係(例えば二人の間に目隠しのためにスクリーンを立てるかどうか,立てるとすればどのくらいの高さのものか,アイコンタクトはありかなしか,など)や聞き手のあるなし(一人でやるか,二人でやるか,それとも一人でやるけど聞き手を想定するか)がある。実験者は被験者の一人にはならないほうがいい。
5
章 Analytic frameworks
分析の枠組みは大きく分けて3つある。それはcommunication strategiesで分析するか,negotiated meaningで分析するか,communicative outcomes(どうやってreferential conflictsが解決されたか)で分析するかである。
[
意見・感想]
のことをほとんど知らない人がこの本を読むと,特に(1章の終わりのほうなどで)よく理解できないところが残る。
具体的なタスクや関係するタスクを使った研究がたくさん紹介されているので,自分が実験する時はとても参考になると思われる。しかし,自分の研究目的に一番適したタスクを選ぶやり方は書いてないので,自分で考えなければならない。
分析の枠組みは大雑把にしか書かれていないとはいえ,大枠をつかむのに役に立つ。