2014年11月01日 (土)

今日のお題:桐原健真「渋沢栄一の選択:論語の時代的意味」、「二松学舎と渋沢栄一」研究会、千代田区・日本工業倶楽部、2014年10月31日

渋沢栄一記念財団と二松学舎大学の連携研究会でございます「二松学舎と渋沢栄一」研究会での発表。まぁ、研究会の名前からして、その通りなのですが

で、会場の日本工業倶楽部でございますが、これが東京駅を出て直ぐというなかなかの立地でございまして、かつ建屋の荘厳なことこの上なく、それだけでも発表した甲斐があったというもの。

日本工業倶楽部
日本工業倶楽部 - Wikipediaより

で、肝心のお話しですが、渋沢栄一にとって論語ってなんだったんだろうねということは、やはり『論語講義』では分からないという確認をした上で、なんで論語があの時期に非アカデミズムの次元で言説化されるのかということについて考えてみた次第。

修養論でも教養論でもない形で、渋沢が論語(「で」が大事)語ったところが、その後の論語をめぐる言説の方向性を大きく規定したんだろうということをお話ししてみました。

探してみると、結構、この頃の論語言説って面白いものがありまして、

贄田江東『我輩は孔子である:孔子の東京見物』明誠館、1914年

なんてのは、わりと有名どころかもしれません。文学的評価は知りませんが、言説論的に見たとき大変に面白いのは確かですな。

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